トネノワでホンモノを食卓に届けたい ~前編~

(写真提供:藤澤卓也さん)

 

太田市南部を流れる利根川のほとりには、開けた視界と長閑な農村風景が今も広がっています。そんな豊かな地域でとれる、“ハチミツ”があるのをご存知でしょうか?その名も、「トネノワ」。利根川を起源とした、自然の循環を意味する造語です。オシャレなパッケージが印象的なハチミツですが、見た目以上にその味の評価は高く、テレビ番組でも取り上げられたほど。今回はその「トネノワ」のPRを担当する相澤さんにお会いし、養蜂の現状なども含め、お話していただきました。

 

荒牧友治さんのハチミツ!?

取材場所は、太田市内にある相澤さんのご実家。きれいに手入れされた庭先の木陰に、かわいらしいテラス席が用意されていました。頭上には若い葡萄が生り、小さなアリたちがせっせと登っていきます。

 

 

「こんにちは~!わざわざ実家までお越しいただいてありがとうございます!」と、キラキラした笑顔で出迎えてくれた相澤さん。

お手製の甘酒にイチゴシロップ・ソーダ割、そしてごぼう茶まで出してくれて、至れり尽くせり。しかもどれもやさしい味で、本当においしい。相澤さんのお人柄が伺えます。

 

 

相澤さんはいくつかの仕事を掛け持ちし、東京と群馬を行ったり来たりする生活。この日もわざわざ時間を空けてご実家に招いてくださり、色々とご用意くださったのでした。

でも、一体なぜ「ハチミツ」を販売することになったのか……?深まる疑問を直球で投げかけてみました。すると、「このハチミツは、荒牧友知さんという方が採取したものなんです」と、余計に分からなくなる返答……それは一体、どなたですか!?

 

ハチミツに慣れ親しんだ幼少期

「荒巻さんは、わたしの母の親友の旦那さん。大胡で養蜂業を営むおうちから婿入りされたのですが、その際ミツバチたちもいっしょにこの地にやってきたんです」

つまり、荒巻さんはまったくの他人……お母様のお友達ではあるものの、どうして相澤さんがトネノワの活動を担うことになったのでしょう?

 

(写真提供:藤澤卓也さん)

 

「そのうち我が家の余った敷地も貸して、養蜂をするようになったんです。小さい頃は、荒巻さんのことを“ハチミツおじちゃん”と呼んだりしていましたね(笑)そんなハチミツおじちゃんのおかげで、我が家にはいつでも質の良いハチミツがありました。料理ではみりんの代わりにハチミツを使っていましたし、お風呂にもハチミツの瓶が。美容にいいんです。何かのお礼としてハチミツをあげることも多く、誰にあげても“おいしい”と喜んでもらえました」

 

 

転機は友人の末期がん宣告

そんなふうに、養蜂やハチミツに慣れ親しみながらおとなになった相澤さん。その後旅行添乗員として東京で仕事をするようになりましたが、転機が訪れます。

「家族のように親しかった友人が、末期がんで余命3カ月という宣告を受けました。友人は抗がん剤治療を望んでいなかったため、わたしも必死でさまざまな自然療法を学んでサポートしました。そのとき、改めて“食”のたいせつさを実感し始めたんです」

結果的にそのご友人は亡くなってしまったそうですが、自然や食、そしてそれが心と体につながっていることの重要性に気付かされた相澤さんは、その後セラピストとして活動することに。そして、幼少期から慣れ親しんだ“ハチミツ”に回帰することになるのです……。

 

(後編に続く……)

 

『トネノワ』

https://www.tonenowa.com/

*販売店やお値段はホームページでご確認ください。

 

(ライター:岩﨑未来)

2018.01.15_14:02|カテゴリー:HUMAN

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